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    <title>シモキタな日々</title>
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    <description>建築士－金子賢三が下北沢で考える日々の徒然</description>
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    <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <dc:rights>Copyright 2012</dc:rights>
    <pubDate>Thu, 17 May 2012 18:10:59 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-17T18:10:59+09:00</dc:date>
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        <title>シモキタな日々</title>
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        <description>建築士－金子賢三が下北沢で考える日々の徒然</description>
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    <item>
        <title>若林駅</title>
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        <description>
<![CDATA[  
若林の駅にいった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201205/17/38/e0089438_11195762.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
先月末、三軒茶屋のアートフリマをみていたら、「旧若林駅舎の模型をつくってくれる方を探しています…」という看板を立てているブースに出会った。そもそもいろいろなアートを物販している場所で、人探しをしているというのがすごく目立っていたし、建築士にとって、建物の模型をつくるということは業務のひとつということもあって、つい「詳しく聞かせていただいていいですか？」と声をかけた。写真のみという少ない資料から、鉄道模型展示用の旧若林駅の上り線ホームの模型をつくって欲しいのだという。<br/>
<br/>
連休明けに正式な依頼があって、グーグルマップで大方の駅舎サイズを想定して図面を書きはじめてみたのだけれど、あまりにも資料が少ないので、正確なホームのサイズさえ予測しづらい。そこで今日現地を見にいき現在の駅舎を採寸しながら、依頼主に以前の話をいろいろ確認してみたというわけである。<br/>
<br/>
「ホームの屋根は昔、このあたり（１両半といったところ）まででしたよね？」と僕が質問すると、「はい。最初、たまでんは一両編成でしたので。ひとつの車両の前と後に運転席のあるタイプの電車が走っていました。私はその頃の電車じゃなけりゃ嫌なので、とても苦労してあの鉄道模型を手にいれたのです」ととても熱心に想いを語られた。それはその頃の町の様子や、駅の風景が目にうかぶような話だった。<br/>
<br/>
おじいさんの想いに応えられるような模型をつくってみたいと思っている。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201205/17/38/e0089438_11201431.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>
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        <dc:subject>■文化</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Thu, 17 May 2012 11:21:25 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-17T11:21:25+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>開発の波</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17906606/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
開発の波がきている。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201205/03/38/e0089438_9144422.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
南口方面に開発の波が来ているのを感じる。まず注目はケンタッキーフライドチキンの移転だ。今度の店は3階までつかって、バーもあるらしい。ケンタが店舗にバーを併設するのは世界初とか。「ケンタッキー＆ハイボール」というポスターは駅でもみかけた。チキンやピザがサイドメニューならビールだろ！とは思ったが、最近のはやりはハイボールらしいね。ま、あれは薄くもつくれるので、みなさまご注意ください。<br/>
<br/>
ケンタのあとちには「チカラめし」というチェーンが入った。こちらはすごく安いどんぶりめし屋さん。あたらしいビルが建たなくても、こんな風にしてどんどん良い立地の場所では店舗の椅子取りゲームがはじまっているのだ。<br/>
<br/>
インパクトのあるお店が人を呼び込むことに成功したら、今は一時的に抑えられてるようにみえるビル開発が再燃するのだろう。建物を低く抑えることがまちにとって重要とか理性的にいっていてももう手遅れなのだ。すでにトリガーは引かれ、弾ははじかれてしまったのだから。<br/>
<br/>
昨日、三差路の道祖神横の建物が壊されているのをみた。近くのレコファンも閉店セールとか。もうどこで何が起こっているのか、全然ついていけません。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201205/03/38/e0089438_9345156.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center>
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        <dc:subject>・下北沢問題</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Thu, 3 May 2012 9:35:38 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-03T09:35:38+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>あおぞらマルシェ</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17894601/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
昨日「あおぞらマルシェ」にいった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201205/01/38/e0089438_11505970.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
「下北沢あおぞらマルシェ」とは、ＮＰＯ団体”Agri-Connections”主催でおこなわれたイベントのこと。会場である下北沢のカトリック教会世田谷には東北支援のいろいろな食材やこどもたちをあそばせてくれるブースなどがところ狭しとならび、一段上の芝生ひろばでは、ライブイベントなどもおこなわれた。この教会は実に下北沢の秘境的空間であり、５４号線という新規道路の第２期工区がこの庭を横切ることもふくめて、非常に象徴的な場所でもあります。<br/>
<br/>
休日の市場って楽しい。試食なんかをさせていただきながら、いつもより少し質がよくて美味しいものを買い歩いた。休日の楽しみが被災地の支援につながることもありがたいことだ。現地に移動して支援することは子育て中の僕にとってはとてもハードルが高いけれど、こういう支援ならば下北沢にいたままでもできるのであります。<br/>
<br/>
いろいろ食べたあとは小さなお皿の上に、きれいなビー球やタイルなどを漆喰で埋め込むワークショップに参加してみた。うちの「工作部」のふたりは夢中になってきれいなお皿作りをしていました。<br/>
<br/>
で、こちらが成果品です。とても楽しいイベントでした。「あおぞらマルシェ」またやってね！<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201205/01/38/e0089438_1213871.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>
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        <dc:subject>■生活</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Tue, 1 May 2012 12:13:42 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-05-01T12:13:42+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>京都亀岡交通事故</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17848261/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
京都が泣いている。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201204/24/38/e0089438_16211291.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
23日の朝、京都の亀岡で無免許運転の少年が集団登校中の児童など10人を巻き込む事故をおこした。京都での交通事故は一週間前に祇園でおきたばかり。児童や妊婦、胎児を含む事故で大きなニュースになったことなので、みなさんご存知のことと思う。<br/>
<br/>
今日、ポストに「せたがやの区議会だより」がはいった。世田谷区は24年度の予算を可決し、道路予算は補助54号線や区画街路１０号線などを含む前区政を継承したものであったとのことであった。道路の予算の全体の使い道として、どの程度の再配分ができるものなのか、私は知らない。しかし、下北沢の道路計画をこのまま進めた場合、同じようなことがおきる危険が高まる場所が一箇所ある。茶沢通りから一番街を抜けて、環七へとすすむ道の延長線上にあるのは、わが母校「東大原小学校」なのだ。<br/>
<br/>
茶沢通りから、東北沢近辺を通って、井の頭通りへとパスする道の整備と、一番街への入口で車がスピードを落とさざるをえなくなるような工夫などが急務であろうと思う。小田急線の地下化と踏み切りの撤去はすでに目の前に迫っているのだ。<br/>
<br/>
一番危険な場所である母校にかよっているであろう、ふたり娘の親として、この問題は見逃しているわけにいかないのだ。<br/>
<br/>
早急な予算配分の検討をお願いします。
 ]]> 
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        <dc:subject>■社会</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Tue, 24 Apr 2012 16:43:27 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-24T16:43:27+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>アートフリマ</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17836095/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
うっかり三軒茶屋にいってしまった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201204/22/38/e0089438_23323012.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
美容室にいく妻に「こどもたちのお守り役」をリクエストされて、うっかりあまりお金も持たずに三茶に行ってしまった。なんと今日は「世田谷アートフリマ」だったのである。いや、知らないってこと自体がかなりのうっかりさんでもあるし、そもそも「なんで出店したいって毎年思わないんだろうなぁ、俺！？」って反省しきりなので、実はこういうイベントを観にいくのはきらいだ。しかもがっつりお買い物もできないのではそもそも論外なのでありました。<br/>
<br/>
「アートフリマ」ってそんなに有名なイベントではないのでは？なので、ちょっと説明すると、小物雑貨市としては、たぶん世田谷でピカイチの「アート限定・屋内型フリーマーケット」のこと。一年に一度、キャロットタワーの市民活動支援の枠組みでおこなわれるお祭りである。<br/>
<br/>
まあ、アートの解釈をどこまで広くとるかって解釈の問題は常にあるので、ここまで「手作り小物限定」が正しいアートの姿なのかという異議はあれども、とにかくすごいのはその『質の高さ』であります。もしあなたが、ふつうのフリマという言葉からイメージされるのりでここに参加したら、恥をかいてがっくりとうなだれて帰ることになるだけなので、やめておいた方がいい。ここは「プロ裸足」という言葉が実にしっくりくる、驚きの質の高さなのです（４～5年前にリアルにがっくり帰った僕がいうのだから、たぶん間違いないです。実際すごく「熱い」し…<br/>
<br/>
写真で紹介している「のぼり型ポスター」は会場の配置図が二つ折りにいれられたというもの。こんなポスターだけでも、僕はすごく質の高いアート作品だと思うし、ここでは「一般的にアートって何？」ということを一から考えたくなりますね。例えば、今日気になったのは「字体」と「盆栽」。これって外国人的には日本文化の本道。でも、「アート」で括って良いのかなぁと思ったりしました。<br/>
<br/>
まあ、カテゴリー分けの話で、今ここでひとり盛り上がることには全く意味がないので、今日はこのあたりでお終いにします。そもそも今にも雨が落ちてきそうで、「こどもたちを連れて早くお家に帰って！」というマスターからの指令で、後ろ髪ひかれまくりで帰る家の遠かったのみしか、ご報告することもないのでありますし、なんと戦利品ゼロ！なのだ（俺は悔しいよ！）。<br/>
<br/>
あ～ぁ、三茶になんかいくんじゃなかったなぁ。。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201204/23/38/e0089438_02414.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>

 ]]> 
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        <dc:subject>■文化</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Mon, 23 Apr 2012 0:04:18 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-23T00:04:18+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>結団式</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17830099/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
東大原小学校に「ソフトボールクラブ」結成！？<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201204/22/38/e0089438_7114553.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
長女の通っている小学校に「ソフトクラブ同好会」をつくろうという動きがある。今年一月に近隣の小学校8チームによる「一日ソフトボール大会」があったので（以前このブログでも紹介）、最初は「な～んだ、みんな今年は勝ちにいこう！ってことね」と、一年限りの練習会でもやるのかと思っていたのだけれど、発起人に呼ばれて『発足準備会』なるものにでてみたら、大真面目に「ソフトボール同好会おやじ版（「ママさんバレー同好会」に対抗して、「パパさんソフトボール同好会」って書いた方が感じが伝わるかしら…？あ、でもすでにひとりママさんの会員もできそうな雰囲気なので撤回！）」をつくるつもりらしい。PTA組織の一部ってことにすると、なんか予算もつくらしいし…というわけで、近々の6月9日に開催される「世田谷区小学校PTAのソフトボール大会」に出場するのを名目に、どんだけ人が集まるもんか募集してみようってことになった。<br/>
<br/>
で、昨日は「はじめての練習会兼結団式」が夕方あった。<br/>
<br/>
初日の練習9名（ぽっきり）。果たして同好会設立にむけて今後盛り上がっていくのでしょうか？？（たぶんつづく…）<br/>
<br/>
※ご興味のあるかたはこちらまで
 ]]> 
</description>
        <dc:subject>■生活</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Sun, 22 Apr 2012 7:33:17 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-22T07:33:17+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>なかなかしんどい人生だけれど…</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17806957/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
次女（４歳）がウィルス性胃腸炎だったので…<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201204/19/38/e0089438_5354415.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
今週はあたまから彼女を看病しながらの生活となった。いつもなら長女を送り出した後、つづけて次女を保育園に送り届けて一日仕事をする。だがウィルス性胃腸炎の前半はいつ吐くかわからないので、ひとときも目を離せないし、嘔吐がなくなったあとも、4歳では起きている間はひとりで自宅に残していたのでは寂しがるので、お昼寝で寝かしつけた時間帯しか仕事ができなかった。<br/>
<br/>
そんなわけで、今週は天気の良い午前中に居間で家事をしながら音楽を聴くことが多かった。聴いていたのは曽我部恵一さんが最近だした「SOKABE KEIICHI BAND」というアルバム。これは、彼のバンド名を記した三枚目のアルバムで、このバンド名義で出した3年ぶりのアルバムということになるらしい。全15曲、６９分の力作である。<br/>
<br/>
最初、このアルバムを聴いたときの感想は、「なんかよくわからないなぁ」というものだった。今までの『きらきらしたロックバンド』という印象が強かっただけに、全然違ったものだったので驚いたってこともあったんだと思うけれど、正直「情熱の温度が高すぎて、一度聴いただけでは、受けとめ切れなかった」のだと思う。ただザラッとした印象が残っただけで、全体を上手く把握できなかったのだ。最近はやっとそんな重さにもなれて、落ちついて聴くことができるようになった気がします。<br/>
<br/>
地震のあと、いろいろあった人って多いんじゃないかな。僕ら建築士もお客さんから「建てる意味がわからなくなった」とか言われて仕事が中止になったとか同じ設計士の友達から聞いたり、なかなか大変な日々です。僕自身、ずっと続けてきてフィニッシュ直前で止まってしまった仕事もリアルに抱えているし…。でもまあ、ここが力の見せ所だよなぁと、最近は免震構造の住宅の雛形を設計して見積ってみたり、今まであまり自分の仕事とは思っていなかった耐震補強の手法を見つめなおしたりいろいろ勝手にやっています。なんか今までのままでは全然前に進めない気がするんだよね、今回の場合。あんな津波で家がどんどん流されるのとか見せられたら、誰でも人生観かわっちゃうよ。<br/>
<br/>
このアルバムはそんな僕たちを励ますでもなく、なぐさめるのでもなく、ただなんかそんな人生のつらさを正直に表現している一枚です。はじめは少し重くて、聴くのがつらいかもしれないけれど、だんだん聴いているうちに「俺も負けるか！」って元気が出てくるのでお奨めです。<br/>
<br/>
さぁ、今日からやっと普通に仕事だ。がんばろ！
 ]]> 
</description>
        <dc:subject>■生活</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Thu, 19 Apr 2012 6:28:11 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-19T06:28:11+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>同窓会</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17799247/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
日曜日、東大原小学校の同窓会にでかけた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201204/18/38/e0089438_4521251.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
僕の卒業した小学校には「同窓会」がある。一年に一度定例総会があり、ニュースレターが送られてくるようなタイプのとてもきちんとした同窓会のことだ。日曜日はそんな会の一年に一度の定例総会だったので、お手伝いにでかけた。今回はなんと一年生のときだけ在籍していたＯＢであったという「山下洋輔」さんのピアノの演奏が聴けるということで、準備にいつもより人が必要になったからだ。<br/>
<br/>
来賓のＰＴＡ会長も挨拶でしみじみいっていたことだけれど、小中学校にきちんとした同窓会があるってことは、とてもありがたいことである。そこに連絡をすれば、同級生と出会えるきっかけになるかもしれないわけだから。僕は中学校の同期会の幹事とかをやっているので、一度連絡が取れなくなってしまった旧友の居場所を探すことがどれほど大変なことかを、身をもって良く知っている。実家がある人はなんとかなるのだけれど、実家が以前の場所にない友達とかは、連絡なしに移動されるともうアウトである。そういう意味で、いつでも連絡場所が確保されていることって、すごくありがたいことなのです。若い頃にはそんなありがたさにはあまり気がつかないものだけどね。<br/>
<br/>
会は、はじめに来賓や新規入会者からのご挨拶があり、一年の活動や会計のご報告があり、質疑応答の時間があった。東日本大震災への寄付とかはしないのか？とか、寄付したのならばそういうことはきちんと会計報告に細かく記載しておいて欲しいとか、きちんとした会合にはきちんとした人が集まり、きちんとした質問をするものなのである。新規入会者からの「定例総会ってなんですか？」という質問がとても初々しかった。なんで白髪頭の大人たちがお休みの日に集まって、こんなに真面目な会議をしているのか、とても不思議だったのかもしれないね。「朝礼なんて、好きでやるもんだなんて思ったことなかったよ」と僕も若い頃なら思っただろうなぁと思う。大人になるといろいろな責任ってやつがあり、つまらなくてもきちんとしなければならない場面はどんどん増えるのであります。<br/>
<br/>
一通りまじめな会議が終わって、山下さんのピアノを聴いた。会員以外の現役小学生たちも、講演会には声がかかっていたから、その時間帯になって人は倍くらいに増えた。山下さんは「講演会とかいわれても、話すのは苦手ですから…」と逃げるようにピアノを弾いてらしたが、ジャズやアドリブについて、きちんと初心者にもわかるように、親切な解説つきの素敵なコンサートになっていたのはさすがであった。スワニー川、ラブソディ・イン・ブルー、さくら、ボレロなど、耳慣れた楽曲を中心にやってくださったのは、やはり小学校での演奏会ということもあったのだろうと思う。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201204/18/38/e0089438_537375.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
演奏会が終わって懇親会のとき、机におかれていた古いアルバムをみた。僕らが3年生だったときの一年間の、すべての学年の集合写真が一冊のアルバムに納まっていた。もう昔のことだから、顔なんて忘れてしまったかと思っていたけれど、ひとりひとりの当時の顔をみると、名前を確認しなくてもフルネームで思い出せる顔がたくさん並んでいた。最近すっかり物覚えがわるくなったけれど、こんな埃のかぶった場所には、まだこんなものがとってあるんだなぁと、ひさしぶりに物置の奥を掃除したような気分になりました。
 ]]> 
</description>
        <dc:subject>■生活</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Wed, 18 Apr 2012 5:39:57 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-18T05:39:57+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>小田急線上部利用シンポジウム</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17764971/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
昨晩、世田谷区の主催する「小田急線上部利用シンポジウム」があった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201204/13/38/e0089438_17553940.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
北沢タウンホールの12階・スカイラウンジで、区の主催する小田急線上部利用計画のシンポジウムがあった。基調講演は涌井史郎さん（東京都市大学教授）。その後、保坂区長みずからの司会進行で、4名のパネラーの話を順次聞いていくという形式のトークイベントであった。パネリストは地元を中心に、小林正美さん（明治大学教授）、柴田真紀さん（ＮＰＯまちこらぼ代表理事）、玉利久江さん（北沢2丁目協和会会長）、柏雅康さん（しもきた商店街振興組合理事長）というラインナップ。この問題に関して深く関わる町会・商店会なども顔を揃えたメンバーであり、そろそろこの問題にひとつの結論をだす時期が近づいていることを思わせた。<br/>
<br/>
最初、問題提起として涌井史郎さんの基調講演は、地球環境を大きく破壊してしまいつつある現状認識から入り、成長には限界があるのだから、人は豊かさを追い求める社会から豊かさを深める社会へと目標設定を変更せざるをえないだろうという、グローバルな視点に立った話であった。そして、古来より自然の力を「いなす」知恵をもっていた日本の文化的特長を振り返って、今こそそんな日本の知恵を生かし、自然と融和する社会を再構築することが求められており、下北沢の問題はそんな社会へと変化していくターニングポイントとなる大切な機会であると締めくくっていた。いや、とても素晴らしい講演でありました。<br/>
<br/>
続く、4名のパネリストによるトークセッションは、小林正美さんが「市民と専門家が一体となって考え続けてきた、下北沢の都市計画に関する流れ」を振り返り、柴田真紀さんが、世田谷線を軸として東急電鉄とも議論をくりかえしながら進めてきた「えんどう豆型まちづくり」のご紹介。その後、玉利さんと柏さんが、小田急上部計画に対する地元の要望をまとめて発表した。住民からは災害時の安全安心を重視した計画を強く求められ、商業者からはとにかく「工事中」という商業的ダメージをなるべく短く、将来の展望が描けるように、早急に事業をすすめて欲しいという要望だったように思う。<br/>
<br/>
それを受けて、区長からは計画の質をあげるべくベストの回答を目指すのか？スピード第一でいくべきか？という2択の問題提起があったけれど、実はこのふたつは並行して進めることが可能だと僕は思う。前回「グリーンライン下北沢」が描いた、空間設計の基本ルールだけをしっかりと固めて、それぞれの場所はフレキシブルに、時間をかけて育てて行けば良いという変幻自在な計画の骨格は、たぶんその要望にきちんと答えてくれるものだと信じているからだ。涌井さんが渋谷の例をあげて仰っていたように、ひとつの都市が成熟していくのには、それなりの時間が必要であり、変化し続けていくことに柔軟な都市計画がここで提案されたことは、実はとても大きな意味があるのだ。<br/>
<br/>
そう、豊かさを深める社会とは、都市が成熟することを促す社会でもあるはずだから。
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        <dc:subject>・下北沢問題</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Fri, 13 Apr 2012 14:49:28 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-13T14:49:28+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>春休み</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17701925/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
今日、4年生の長女は始業式。<br/>
<br/>
つまり昨日までが春休みだったわけなのだけれど、ＢＯＰで生活をしているとお昼の時間以外は学校で遊んでくるので、親としてはあまり「春休み」だという実感が沸かない。却って始業式＆入学式であった今日はＢＯＰもなくて、娘が早く家に帰ってきたので、春休み的な一日だった。<br/>
<br/>
さて、ひさしぶりにクラスのみんなとあった長女は、早速遊びの約束をしてきて、午後は公園にでかけたのだったが、この約束が大変だった。最近の子供らしく家の電話を使って遊びの約束をしているのだけれど、なんか最近の子供って『テキトーな約束』が下手みたいで、「まだご飯食べてるの？」みたいな電話が行き交う。まったくチャットじゃぁないんだからさぁ。なんでお昼食べたら公園に集合！って簡単に約束できないのかねぇ。<br/>
<br/>
まだまだ携帯電話なんて持たせられませんな。
 ]]> 
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        <dc:subject>■生活</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Fri, 6 Apr 2012 18:08:26 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-04-06T18:08:26+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>羽根木プレーパーク</title>
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        <description>
<![CDATA[  
昨日、羽根木公園でカレーパーティがあった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/26/38/e0089438_17113248.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
次女の保育園の保護者会主催のカレーパーティ。こどもたちと親御さんたちが学年に関わらず集まって（１００人くらい）、かまどをつくり、大きな鍋でカレーをつくった。責任者が少なかったので、出だしはいろいろ大変かも、という感じだったのだけれど、時間とともに人が集まってきて、どんどん協力の輪がひろがっていく。「カレーってどうやってつくるのですか？」と無邪気に聞いてくるおとーさんとかもいて、家での役割分担がうかがい知れます。<br/>
<br/>
実は私は「焚き火好き」である。子供の頃、休日はよく一日庭で母と一緒に焚き火をして、いろんな美味しいものを食べたりしてきたので、こどものころから摺込まれているのだ。ひとしきりカレーを食べ終わって、ひとり焚き火を楽しんでいると、たくさんのこどもたちが、割箸の先にマシュマロをさして近づいてきた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/26/38/e0089438_17422469.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
すッごく「こわごわ」と火に近づく子が多いのは、焚き火の経験が少ないからだろうなぁと思う。最近は煙がでると迷惑なので、家で焚き火とかほとんどやらないもんねぇ。うっかりマシュマロを真っ黒こげにして焚き火の中に捨てている子供とかもいて、「なんでも経験だよなぁ」と思った。<br/>
<br/>
食事のあと、こどもたちはプレーパークで思い思いの遊びを楽しんでいました。長ーい縄のターザンができるのも、近所ではここだけだから、みんなはっちゃけて遊んでいました。<br/>
<br/>
みんな元気に大きくな～れ！<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/26/38/e0089438_17464685.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>

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        <dc:subject>■生活</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Mon, 26 Mar 2012 17:48:13 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-03-26T17:48:13+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>貧困</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17599899/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
「おい！わたしをお読みよ」<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/25/38/e0089438_0775.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
本屋や図書館を歩いていると、ときどき本からこんな風に声をかけられることがある。一週間に一冊のペースで読んでいた若い頃はもっと頻繁に本からのお声がけがあったものだが、最近は調べてから手に入れることが多くなり、こういう感触はひさしぶりであった。場所は代田図書館。現在代田図書館は建替えのため、守山小学校の校庭の一角にプレハブをつくり、予約本の受け渡しを主とした分館として機能している。だから、この本に出会ったときも、本を返しにいった娘になんとなくつきそってきただけで、特に自分で本を借りる気は全くなかったのであった。<br/>
<br/>
本の名前は"この世でいちばん大事な『カネ』の話"（西原理恵子著）。<br/>
<br/>
たぶん、最近お金のシステム自体が破綻しつつあることをとても心配しているので、この『カネ』の一文字にひきつけられたのだと思う。<br/>
<br/>
これは主に「貧困とはどういうことか」について書かれた本だ。そして一歩ふみこんで、そんな状況下で「何を頼りに人は生きていけばよいか」ということについて書かれた、生き方についての本でもある。<br/>
<br/>
仕事もなければカネもない。たくさんの貧困層を生み出し、日々自殺者があとを経たない国、日本。そんな日本のリアルを考えることから、まずははじめなければなるまい。<br/>
<br/>
そんな気分にさせる一冊である。
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        <dc:subject>■社会</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Sun, 25 Mar 2012 0:25:16 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-03-25T00:25:16+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>無料お笑いライブ</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17592713/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
仕事を終えて、歯医者までの１時間をどうしようと駅をでると…<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/24/38/e0089438_0213642.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
駅前で「無料お笑いライブ」のチケットを配布していた。無料だったらチケットはいらないのでは？とも思ったが、まあ、客引きのためのチラシと同じということなのだろう。どんなもんだか、観にいくことにした。<br/>
<br/>
会場はピーコックの4階。５０人も入れば一杯のその場所には、所狭しと２０代前半までのこどもたち（あ、二十歳過ぎれば大人だね…）がごったがえしていた。入口で採点用のペーパーを渡され、評価して欲しいということのようだった。<br/>
<br/>
「ただでやるってことはプロではないのだろう」と高を括って観にいったのだが、結構笑えた。少しおどおどして間が悪い人も確かにいたが、大学祭の出し物とかに較べたら、遥かにプロの域である。<br/>
<br/>
っていうか、プロなのかな…？<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/24/38/e0089438_0282224.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>
 ]]> 
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        <dc:subject>■商業</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Sat, 24 Mar 2012 0:29:18 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-03-24T00:29:18+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>ちいさなまち（全文）</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17592631/</link>
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        <description>
<![CDATA[  
前回で、全文の掲載を終えたので、少し長くなりますが全文まとめて掲載しておきます。<br/>
週末など、お時間のあるときにどうぞ！感想なんかもいただけるとうれしいです。<br/>
<br/>
「ちいさなまち」　　　　　　　　　　　　かねこけんぞう<br/>
<br/>
ちいさな町がありました。<br/>
<br/>
ふたつの丘の間をきれいな小川が流れる町でした。<br/>
<br/>
春になると、丘にはきれいな花がさきました。<br/>
それはただ一種類の花でしたが、眺める向きによって七色にみえる不思議な花でした。<br/>
花のころ丘は七色に輝き、とてもにぎわってみえるので、人はその花をにぎわい草とよびました。<br/>
<br/>
<br/>
ある春の日、えらい学者の先生が町をとおり、花が七色に咲き乱れるのをみて、とても感心しました。<br/>
「なんて素敵な景色だろう。それにこの花はとてもめずらしい。さっそく紹介することにしよう！」<br/>
学者が花と町の話を書くと、そんな景色をひとめみたいと、多くの人が訪れるようになりました。<br/>
<br/>
丘を見渡す川のほとりには御茶屋ができて、花を見に来た人たちはのんびりできるようになりました。<br/>
また花も盛りになると、多くの人がバスで町にやってくるようになり、バスが止まって一泊できる、宿屋も一軒できました。<br/>
<br/>
あるとき、宿屋の主人が井戸を掘りました。お客さまの料理をつくるのに、おいしい水を欲しいと思ったのです。しかし思わぬことに、井戸からは温泉がわきました。みる向きによって七色にみえるお湯でした。ためしに主人がつかってみると、なんとも不思議な香りがして、とても気持ちが良くなりました。さっそく宿屋の主人は立派なお風呂をつくりました。お客さんが花を眺めながらゆったりとつかれをとれる、とても気持ちの良いお風呂でした。<br/>
<br/>
お風呂のお湯は一年中でましたし、体にもとてもよいお湯だという評判がたって、町には一年中人が訪れるようになりました。旅人のために駅ができて、駅前にはちいさなおみやげやもできました。七色のお湯で蒸し揚げた美味しいおまんじゅうを売る店が必要だったからです。<br/>
<br/>
<br/>
ある夏の日、旅の音楽家が町をとおり、温泉に一泊しました。音楽家は温泉と美味しいおまんじゅうにすっかり感激して、ひとつの曲をつくりました。それは聴く人が誰しもゆったりとするメロディで、目をつむって聴くと七色の光がみえる不思議な曲でありました。<br/>
<br/>
曲は大変な評判となり、曲の評判とともに音楽家はとても有名になりました。そして音楽家はそんな曲をあたえてくれた町に感謝を込めて、毎年その曲を演奏する音楽会を開くようになりました。町には演奏会のためのホールができて、ホールの入口には、曲の楽譜を刻んだ記念碑が建てられました。また駅では電車が発車する合図に、そのメロディを流すようになりました。駅は前よりも少しにぎわいました。<br/>
<br/>
<br/>
ある秋の日、となりの街に住んでいた有名な小説家がその曲を耳にしました。一度聴いただけで、そのメロディをとても気に入り、そんな曲が生まれた町を是非見たいと、大急ぎで列車にのって、町へやってきました。作家はひとめでその町を気に入り、町を舞台にひとつのお話を書きました。それはとても哀しい恋のお話で、読み終わって目を閉じると、誰でもまぶたの奥に涙がにじんでしまうのでした。そしてひとしきり涙を流したあと目を明けると、誰しも七色の光がみえたような気がしました。<br/>
<br/>
お話は大変な評判となり、作家は素敵なお話を書けた想い出に、町に住み続けたくなりました。町のみんなも、そんなお話をつくってくれた作家の先生に、是非一緒に住んで欲しいと願ったので、作家は一軒のちいさな家を建てて、ちいさな町の住人になりました。また、作家はお話のヒントを与えてくれた音楽家にも大変感謝し、「一緒に住みませんか？」と誘って、二人はちいさな町で一緒に住むようになりました。<br/>
<br/>
<br/>
お話にすっかり感激して、そんな町に住んでみたいと、多くの人々がやってきました。突然町に住む人が増えたので、ひとつの丘は家だらけになってしまいましたが、多くの人が住むようになった町には、たくさんのお店ができて、町はたいそうにぎわいました。駅前には立派な商店街もできて、宿屋の主人はホテルのオーナーと呼ばれるようになりました。<br/>
<br/>
ある日ホテルのオーナーは、温泉のお湯を飲むと、とても身体の調子が良くなるという噂を耳にしまし た。ためしに飲んでみると、確かに身体が軽くなったような気がします。そこで料理長といろいろ工夫をして、食事の後に、温泉のお湯を煮立て、にぎわい草を 干して煎じたお茶を振舞うようになりました。そのお茶はとても香りの良いお茶で、ガラスの湯飲みで飲むと、飲むにつれてお茶の色が七色に変わるのでした。 お茶の評判は国中に拡がり、オーナーはいつしか、ホテルの横に“にぎわい茶”をつくる工場をもつようになりました。<br/>
<br/>
お茶はどんどん売れたので、たくさんの花が摘まれるようになりました。しかし町に新しく住む人のために、丘にはどんどん新しい家がたちましたので、ホテルのオーナーは、花を手に入れるのに全く苦労をしませんでした。<br/>
<br/>
<br/>
ただ、最初にこの町に感激した学者だけは、町の将来をとても心配しておりました。「このままでは、この町にはにぎわい草がすっかりなくなってしまいます」と学者は音楽家と作家の家に来て、苦情をいいました。実はこのころ音楽家も心の底では、「最近ずいぶん人が多くなって騒がしくなってきたな。演奏会を開いても、最初の頃ほど私の曲が、ぴったりとした町ではなくなってきたようだ」と思っていましたので、学者の話を聞いて「それは大変！」と思ったのでしたが、友達の作家が「どうか私の作品を気に入って、町に住みはじめた人を追い出すようなことはしないでください」と、学者に泣いて頼みましたので、そんな自分の気持ちは隠して、黙っていたのでした。町にはいくらか、学者の心配ごとについて真剣に耳を傾ける人もいましたが、町に住みはじめたばかりの多くの人たちは、彼の話をあまりまじめに聞こうとはしませんでした。まだ花の丘はひとつ残っていましたし、そんな話にとりあうことで、自分が町から出て行くことになるのは嫌だったからです。学者は怒って町から出て行き、二度とその町に来ることはありませんでした。<br/>
<br/>
<br/>
ある冬の日、隣の国に住んでいた映画監督が、作家の書いたお話を読みました。一度読んだだけで、お話をとても気に入り、素敵なお話が生まれた町を是非見てみたいと、大急ぎで舟にのって町にやってきました。監督はひとめでその町が気に入り、町でそのお話の映画をとることにしました。映画の出来は素晴らしく、誰もが最初にそのお話を読んだときの感激を思い出し、七色の光をまぶたの裏にみるような気がしました。<br/>
<br/>
映画は大変な評判となり、映画の評判とともに、監督も大変有名になりました。監督はそんな作品を与えてくれた町にとても感謝して、町にひとつの映画館をプレゼントしました。とても素敵な映画館だったので、多くの人がそこで一緒に、世界中の良い映画を楽しむことができるようになりました。また一年に一度の、映画館が出来た日には、監督からの素敵な贈り物に感謝して、町ではにぎわい町映画祭が開かれるようになりました。町はさらに多くの人で溢れ、にぎわいました。そしてもっとたくさんの人が住むようになって、もうひとつの丘にも、どんどん家がたっていきました。<br/>
<br/>
<br/>
ある日、ホテルのオーナーは工場からの電話でおこされました。「大変です。花がすっかりなくなってしまいました。明日からにぎわい茶を出すことができません」と工場長はいいました。それは大変困ったことと、オーナーはとても頭を悩ませましたが、なくなってしまったものはしかたがありません。幸いにぎわいの里でとれる水をのむだけでも、身体にとてもよいことがわかっていましたので、オーナーはにぎわい茶工場をにぎわいの水工場に変えることにしました。いくつかの機械は棄てられましたが、お茶をつめる機械はそのまま使うことができました。<br/>
<br/>
にぎわい草がすっかりなくなってしまったので、さすがに町にもこのことを悲しむ人が増えてきました。七色の花が咲き乱れる丘をみた感激を憶えている人も、まだこの町には少しだけ残っていましたから。人々は学者に電話をかけて、研究用に保存していた花の種を送ってもらうことにしました。ホールの前の庭には、ちいさな花壇がつくられて、にぎわい草は大切に育てられるようになりました。また町に住む人はますます増えて、丘の低いところには、高いマンションがたつようになりました。町の名士であるホテルのオーナーは、いつしか町長さんと呼ばれるようになっていました。映画館の向かいには立派なにぎわい町役場ができて、映画祭の日には広場で、町長は世界中から集まった人にあいさつをするのでした。世界中から集まった人をもてなすために、ホテルはますます大きく立派になりました。2代目のホテルのオーナーは、もちろん町長の息子さんが継ぐことになりました。<br/>
<br/>
<br/>
ある春の日、2代目のオーナーは工場からの電話でおこされました。「大変です。にぎわいの水が涸れてしまいました。明日から工場を動かすことができません」と工場長はいいました。それは大変困ったことと、2代目は大変頭を悩ませましたが、なくなってしまったものはしかたがありません。七色の湯で評判の温泉も、同時にでなくなってしまったので、ホテルにとっては大問題。でもちょうど工場は温泉の裏だったので、2代目は工場を壊して、お風呂を大きくすることにしました。世界中から集まるお客さまをもてなすために、お風呂は少し狭くなってきていましたから。お風呂の横には、スポーツジムもできました。<br/>
<br/>
ただ、にぎわいの水がでなくなったことで、町の人は前ほどゆったりとした気持ちになれることが、確かに少なくなりました。音楽家もそんなひとりでした。「もうすっかりこの町は僕の曲にぴったりとしていない！」ある朝音楽家は思い立ち、こんな町をみているのはつらいので、町をでようと決心しました。「あの時学者のいうことを、もっと真剣に聞いていたらよかったのに」と音楽家は大変後悔しましたが、水がでなくなってしまった今となっては、もうどうしようもありません。作家は町をでようとする友人を熱心にひきとめましたが、決心の堅い音楽家の気持ちを変えることはできませんでした。ホールの前のにぎわい草も、七色に光ることはすっかりなくなり、いつしか花壇は壊されて、かわりに時計台がつくられました。<br/>
<br/>
作家は大切な友人が家をでてしまったので、とても深く悲しみました。自分の書いた物語を気に入って、町に来た多くの人たちが身近にいることよりも、たった一人の友達と毎日あいさつができなくなってしまったことをとても切なく思ったからです。作家はある映画祭の日、監督にそんな悩みを打ち明けました。「私は哀しくて、哀しくてしかたありません」。もちろん監督にもそんな作家の気持ちはとてもよくわかりましたが、どんななぐさめの言葉も、彼を元気づけることはできませんでした。<br/>
「町は変わっていくものだよ。人生もね。でもそれは僕たちにはどうしようもないことさ。だから僕たちはそんなかけがえのないひとときを、言葉や映画に焼きつけて、残すことしかできないのかもしれないね」と彼は作家にいって、やさしく肩を抱いたのでした。<br/>
<br/>
ある朝、作家は自分の部屋で、ひとり冷たくなっていました。大切な友達を失った哀しさが彼の身体をすっかりいためつけてしまったのです。町では大きなお葬式がとりおこなわれました。はじめて町をあげておこなわれたお葬式は３日３晩続き、多くの人が町の大切な人を失ったことを嘆きました。作家のお墓はホールの前。時計台の横につくられました。町長さんはそんな彼のお墓の前で「彼は私たちの町にとって、かけがえのない人でした。彼の作品は人をひきつけ、多くの人が感動しました。にぎわい草はなくなってしまいましたが、彼が残してくれた町のにぎわいを私たちは町の宝とし、今後も大切にしていきたいと思います」とあいさつをしました。<br/>
<br/>
今。町には多くの人が住んでいます。ちいさなまちはいつしか大きなまちになっていました。今ではなぜそのまちをにぎわい町と呼ぶのかの、本当の意味を知る人もすっかり少なくなってしまいましたが、大雨が降った次の朝には、ふたつの丘を架け渡すように、今でもとてもきれいな虹がかかります。ちょうど昔は町の境だった、ふたつの丘をつつみこむように。いつまでも消えない虹が空に光っていました。<br/>

 ]]> 
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        <dc:subject>・「路字」</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Sat, 24 Mar 2012 0:12:59 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-03-24T00:12:59+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
        <title>世田谷まちなか観光フォーラム</title>
        <link>http://stsk.exblog.jp/17586598/</link>
        <guid isPermaLink="true">http://stsk.exblog.jp/17586598/</guid>
        <description>
<![CDATA[  
昨晩、北沢タウンホールでイベントがあった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/23/38/e0089438_9564285.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
これは世田谷区産業振興公社の主催でおこなわれたイベント。世田谷区の魅力を再発見して観光産業を延ばしていくには？というテーマでの講演と提案や活動紹介、そしてパネルディスカッションによるブレインストーミングという盛りだくさんな内容でした。<br/>
<br/>
最初、保坂区長から世田谷区には貴重な観光資源がたくさんあり、墨田区が高さと上からの目線で人を集めるのであれば、世田谷区は頬を地べたにすり寄せるように、低くひろがりのある目線で勝負したいというお話があった。<br/>
<br/>
これをうけて、立教大学観光部特任教授で元ＪＴＢ常務取締役である清水愼一氏の基調講演がすばらしかった。内容的にはバルセロナなどの実例をみせながら、これからの観光は人が中心。中央を人が歩くための場所として、両脇を車が1車線で細々と通るような計画が世界の潮流となってきているということをわかりやすくご紹介くださった。また、川越の都市計画では蔵の町を打ち出すことで、観光産業を盛り上げることに成功しているが、車と人が入り乱れ、どう整理していくかが今後の課題であろうと示唆した。<br/>
なにより、アトラクション型の方法で観光を守り立てていくよりも、普段の生活の質をあげ、それをみせることで観光を延ばすような方策が大切という考え方には深く共感を覚えた。<br/>
<br/>
その後、駒澤大学経済学部の学生さんたちによる「いつでもだれでもいきたくなる世田谷」の提案や、ＮＰＯ法人まちこらぼ理事長の柴田真希さんによる数々のイベント実例の紹介とつづいていった。<br/>
<br/>
各発表とも非常にグレードが高く、素晴らしい講演会だったと思う。世田谷が東京のガイドブックで一角を占めるような、魅力ある観光都市に育ち、区内で世界中の人々とつながることが出来たら、それはとても素敵なことだよね。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201204/13/38/e0089438_1844434.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
※写真は区長より住民票をもらってよろこぶ用賀のご当地キャラ「よっきーくん」<br/>

 ]]> 
</description>
        <dc:subject>■商業</dc:subject>
        <dc:creator>kenzo_stsk</dc:creator>
    <pubDate>Fri, 23 Mar 2012 10:39:34 +0900</pubDate>
    <dc:date>2012-03-23T10:39:34+09:00</dc:date>
    </item>
    </channel>
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