2012年 03月 24日
ちいさなまち(全文) |
前回で、全文の掲載を終えたので、少し長くなりますが全文まとめて掲載しておきます。
週末など、お時間のあるときにどうぞ!感想なんかもいただけるとうれしいです。
「ちいさなまち」 かねこけんぞう
ちいさな町がありました。
ふたつの丘の間をきれいな小川が流れる町でした。
春になると、丘にはきれいな花がさきました。
それはただ一種類の花でしたが、眺める向きによって七色にみえる不思議な花でした。
花のころ丘は七色に輝き、とてもにぎわってみえるので、人はその花をにぎわい草とよびました。
ある春の日、えらい学者の先生が町をとおり、花が七色に咲き乱れるのをみて、とても感心しました。
「なんて素敵な景色だろう。それにこの花はとてもめずらしい。さっそく紹介することにしよう!」
学者が花と町の話を書くと、そんな景色をひとめみたいと、多くの人が訪れるようになりました。
丘を見渡す川のほとりには御茶屋ができて、花を見に来た人たちはのんびりできるようになりました。
また花も盛りになると、多くの人がバスで町にやってくるようになり、バスが止まって一泊できる、宿屋も一軒できました。
あるとき、宿屋の主人が井戸を掘りました。お客さまの料理をつくるのに、おいしい水を欲しいと思ったのです。しかし思わぬことに、井戸からは温泉がわきました。みる向きによって七色にみえるお湯でした。ためしに主人がつかってみると、なんとも不思議な香りがして、とても気持ちが良くなりました。さっそく宿屋の主人は立派なお風呂をつくりました。お客さんが花を眺めながらゆったりとつかれをとれる、とても気持ちの良いお風呂でした。
お風呂のお湯は一年中でましたし、体にもとてもよいお湯だという評判がたって、町には一年中人が訪れるようになりました。旅人のために駅ができて、駅前にはちいさなおみやげやもできました。七色のお湯で蒸し揚げた美味しいおまんじゅうを売る店が必要だったからです。
ある夏の日、旅の音楽家が町をとおり、温泉に一泊しました。音楽家は温泉と美味しいおまんじゅうにすっかり感激して、ひとつの曲をつくりました。それは聴く人が誰しもゆったりとするメロディで、目をつむって聴くと七色の光がみえる不思議な曲でありました。
曲は大変な評判となり、曲の評判とともに音楽家はとても有名になりました。そして音楽家はそんな曲をあたえてくれた町に感謝を込めて、毎年その曲を演奏する音楽会を開くようになりました。町には演奏会のためのホールができて、ホールの入口には、曲の楽譜を刻んだ記念碑が建てられました。また駅では電車が発車する合図に、そのメロディを流すようになりました。駅は前よりも少しにぎわいました。
ある秋の日、となりの街に住んでいた有名な小説家がその曲を耳にしました。一度聴いただけで、そのメロディをとても気に入り、そんな曲が生まれた町を是非見たいと、大急ぎで列車にのって、町へやってきました。作家はひとめでその町を気に入り、町を舞台にひとつのお話を書きました。それはとても哀しい恋のお話で、読み終わって目を閉じると、誰でもまぶたの奥に涙がにじんでしまうのでした。そしてひとしきり涙を流したあと目を明けると、誰しも七色の光がみえたような気がしました。
お話は大変な評判となり、作家は素敵なお話を書けた想い出に、町に住み続けたくなりました。町のみんなも、そんなお話をつくってくれた作家の先生に、是非一緒に住んで欲しいと願ったので、作家は一軒のちいさな家を建てて、ちいさな町の住人になりました。また、作家はお話のヒントを与えてくれた音楽家にも大変感謝し、「一緒に住みませんか?」と誘って、二人はちいさな町で一緒に住むようになりました。
お話にすっかり感激して、そんな町に住んでみたいと、多くの人々がやってきました。突然町に住む人が増えたので、ひとつの丘は家だらけになってしまいましたが、多くの人が住むようになった町には、たくさんのお店ができて、町はたいそうにぎわいました。駅前には立派な商店街もできて、宿屋の主人はホテルのオーナーと呼ばれるようになりました。
ある日ホテルのオーナーは、温泉のお湯を飲むと、とても身体の調子が良くなるという噂を耳にしまし た。ためしに飲んでみると、確かに身体が軽くなったような気がします。そこで料理長といろいろ工夫をして、食事の後に、温泉のお湯を煮立て、にぎわい草を 干して煎じたお茶を振舞うようになりました。そのお茶はとても香りの良いお茶で、ガラスの湯飲みで飲むと、飲むにつれてお茶の色が七色に変わるのでした。 お茶の評判は国中に拡がり、オーナーはいつしか、ホテルの横に“にぎわい茶”をつくる工場をもつようになりました。
お茶はどんどん売れたので、たくさんの花が摘まれるようになりました。しかし町に新しく住む人のために、丘にはどんどん新しい家がたちましたので、ホテルのオーナーは、花を手に入れるのに全く苦労をしませんでした。
ただ、最初にこの町に感激した学者だけは、町の将来をとても心配しておりました。「このままでは、この町にはにぎわい草がすっかりなくなってしまいます」と学者は音楽家と作家の家に来て、苦情をいいました。実はこのころ音楽家も心の底では、「最近ずいぶん人が多くなって騒がしくなってきたな。演奏会を開いても、最初の頃ほど私の曲が、ぴったりとした町ではなくなってきたようだ」と思っていましたので、学者の話を聞いて「それは大変!」と思ったのでしたが、友達の作家が「どうか私の作品を気に入って、町に住みはじめた人を追い出すようなことはしないでください」と、学者に泣いて頼みましたので、そんな自分の気持ちは隠して、黙っていたのでした。町にはいくらか、学者の心配ごとについて真剣に耳を傾ける人もいましたが、町に住みはじめたばかりの多くの人たちは、彼の話をあまりまじめに聞こうとはしませんでした。まだ花の丘はひとつ残っていましたし、そんな話にとりあうことで、自分が町から出て行くことになるのは嫌だったからです。学者は怒って町から出て行き、二度とその町に来ることはありませんでした。
ある冬の日、隣の国に住んでいた映画監督が、作家の書いたお話を読みました。一度読んだだけで、お話をとても気に入り、素敵なお話が生まれた町を是非見てみたいと、大急ぎで舟にのって町にやってきました。監督はひとめでその町が気に入り、町でそのお話の映画をとることにしました。映画の出来は素晴らしく、誰もが最初にそのお話を読んだときの感激を思い出し、七色の光をまぶたの裏にみるような気がしました。
映画は大変な評判となり、映画の評判とともに、監督も大変有名になりました。監督はそんな作品を与えてくれた町にとても感謝して、町にひとつの映画館をプレゼントしました。とても素敵な映画館だったので、多くの人がそこで一緒に、世界中の良い映画を楽しむことができるようになりました。また一年に一度の、映画館が出来た日には、監督からの素敵な贈り物に感謝して、町ではにぎわい町映画祭が開かれるようになりました。町はさらに多くの人で溢れ、にぎわいました。そしてもっとたくさんの人が住むようになって、もうひとつの丘にも、どんどん家がたっていきました。
ある日、ホテルのオーナーは工場からの電話でおこされました。「大変です。花がすっかりなくなってしまいました。明日からにぎわい茶を出すことができません」と工場長はいいました。それは大変困ったことと、オーナーはとても頭を悩ませましたが、なくなってしまったものはしかたがありません。幸いにぎわいの里でとれる水をのむだけでも、身体にとてもよいことがわかっていましたので、オーナーはにぎわい茶工場をにぎわいの水工場に変えることにしました。いくつかの機械は棄てられましたが、お茶をつめる機械はそのまま使うことができました。
にぎわい草がすっかりなくなってしまったので、さすがに町にもこのことを悲しむ人が増えてきました。七色の花が咲き乱れる丘をみた感激を憶えている人も、まだこの町には少しだけ残っていましたから。人々は学者に電話をかけて、研究用に保存していた花の種を送ってもらうことにしました。ホールの前の庭には、ちいさな花壇がつくられて、にぎわい草は大切に育てられるようになりました。また町に住む人はますます増えて、丘の低いところには、高いマンションがたつようになりました。町の名士であるホテルのオーナーは、いつしか町長さんと呼ばれるようになっていました。映画館の向かいには立派なにぎわい町役場ができて、映画祭の日には広場で、町長は世界中から集まった人にあいさつをするのでした。世界中から集まった人をもてなすために、ホテルはますます大きく立派になりました。2代目のホテルのオーナーは、もちろん町長の息子さんが継ぐことになりました。
ある春の日、2代目のオーナーは工場からの電話でおこされました。「大変です。にぎわいの水が涸れてしまいました。明日から工場を動かすことができません」と工場長はいいました。それは大変困ったことと、2代目は大変頭を悩ませましたが、なくなってしまったものはしかたがありません。七色の湯で評判の温泉も、同時にでなくなってしまったので、ホテルにとっては大問題。でもちょうど工場は温泉の裏だったので、2代目は工場を壊して、お風呂を大きくすることにしました。世界中から集まるお客さまをもてなすために、お風呂は少し狭くなってきていましたから。お風呂の横には、スポーツジムもできました。
ただ、にぎわいの水がでなくなったことで、町の人は前ほどゆったりとした気持ちになれることが、確かに少なくなりました。音楽家もそんなひとりでした。「もうすっかりこの町は僕の曲にぴったりとしていない!」ある朝音楽家は思い立ち、こんな町をみているのはつらいので、町をでようと決心しました。「あの時学者のいうことを、もっと真剣に聞いていたらよかったのに」と音楽家は大変後悔しましたが、水がでなくなってしまった今となっては、もうどうしようもありません。作家は町をでようとする友人を熱心にひきとめましたが、決心の堅い音楽家の気持ちを変えることはできませんでした。ホールの前のにぎわい草も、七色に光ることはすっかりなくなり、いつしか花壇は壊されて、かわりに時計台がつくられました。
作家は大切な友人が家をでてしまったので、とても深く悲しみました。自分の書いた物語を気に入って、町に来た多くの人たちが身近にいることよりも、たった一人の友達と毎日あいさつができなくなってしまったことをとても切なく思ったからです。作家はある映画祭の日、監督にそんな悩みを打ち明けました。「私は哀しくて、哀しくてしかたありません」。もちろん監督にもそんな作家の気持ちはとてもよくわかりましたが、どんななぐさめの言葉も、彼を元気づけることはできませんでした。
「町は変わっていくものだよ。人生もね。でもそれは僕たちにはどうしようもないことさ。だから僕たちはそんなかけがえのないひとときを、言葉や映画に焼きつけて、残すことしかできないのかもしれないね」と彼は作家にいって、やさしく肩を抱いたのでした。
ある朝、作家は自分の部屋で、ひとり冷たくなっていました。大切な友達を失った哀しさが彼の身体をすっかりいためつけてしまったのです。町では大きなお葬式がとりおこなわれました。はじめて町をあげておこなわれたお葬式は3日3晩続き、多くの人が町の大切な人を失ったことを嘆きました。作家のお墓はホールの前。時計台の横につくられました。町長さんはそんな彼のお墓の前で「彼は私たちの町にとって、かけがえのない人でした。彼の作品は人をひきつけ、多くの人が感動しました。にぎわい草はなくなってしまいましたが、彼が残してくれた町のにぎわいを私たちは町の宝とし、今後も大切にしていきたいと思います」とあいさつをしました。
今。町には多くの人が住んでいます。ちいさなまちはいつしか大きなまちになっていました。今ではなぜそのまちをにぎわい町と呼ぶのかの、本当の意味を知る人もすっかり少なくなってしまいましたが、大雨が降った次の朝には、ふたつの丘を架け渡すように、今でもとてもきれいな虹がかかります。ちょうど昔は町の境だった、ふたつの丘をつつみこむように。いつまでも消えない虹が空に光っていました。
週末など、お時間のあるときにどうぞ!感想なんかもいただけるとうれしいです。
「ちいさなまち」 かねこけんぞう
ちいさな町がありました。
ふたつの丘の間をきれいな小川が流れる町でした。
春になると、丘にはきれいな花がさきました。
それはただ一種類の花でしたが、眺める向きによって七色にみえる不思議な花でした。
花のころ丘は七色に輝き、とてもにぎわってみえるので、人はその花をにぎわい草とよびました。
ある春の日、えらい学者の先生が町をとおり、花が七色に咲き乱れるのをみて、とても感心しました。
「なんて素敵な景色だろう。それにこの花はとてもめずらしい。さっそく紹介することにしよう!」
学者が花と町の話を書くと、そんな景色をひとめみたいと、多くの人が訪れるようになりました。
丘を見渡す川のほとりには御茶屋ができて、花を見に来た人たちはのんびりできるようになりました。
また花も盛りになると、多くの人がバスで町にやってくるようになり、バスが止まって一泊できる、宿屋も一軒できました。
あるとき、宿屋の主人が井戸を掘りました。お客さまの料理をつくるのに、おいしい水を欲しいと思ったのです。しかし思わぬことに、井戸からは温泉がわきました。みる向きによって七色にみえるお湯でした。ためしに主人がつかってみると、なんとも不思議な香りがして、とても気持ちが良くなりました。さっそく宿屋の主人は立派なお風呂をつくりました。お客さんが花を眺めながらゆったりとつかれをとれる、とても気持ちの良いお風呂でした。
お風呂のお湯は一年中でましたし、体にもとてもよいお湯だという評判がたって、町には一年中人が訪れるようになりました。旅人のために駅ができて、駅前にはちいさなおみやげやもできました。七色のお湯で蒸し揚げた美味しいおまんじゅうを売る店が必要だったからです。
ある夏の日、旅の音楽家が町をとおり、温泉に一泊しました。音楽家は温泉と美味しいおまんじゅうにすっかり感激して、ひとつの曲をつくりました。それは聴く人が誰しもゆったりとするメロディで、目をつむって聴くと七色の光がみえる不思議な曲でありました。
曲は大変な評判となり、曲の評判とともに音楽家はとても有名になりました。そして音楽家はそんな曲をあたえてくれた町に感謝を込めて、毎年その曲を演奏する音楽会を開くようになりました。町には演奏会のためのホールができて、ホールの入口には、曲の楽譜を刻んだ記念碑が建てられました。また駅では電車が発車する合図に、そのメロディを流すようになりました。駅は前よりも少しにぎわいました。
ある秋の日、となりの街に住んでいた有名な小説家がその曲を耳にしました。一度聴いただけで、そのメロディをとても気に入り、そんな曲が生まれた町を是非見たいと、大急ぎで列車にのって、町へやってきました。作家はひとめでその町を気に入り、町を舞台にひとつのお話を書きました。それはとても哀しい恋のお話で、読み終わって目を閉じると、誰でもまぶたの奥に涙がにじんでしまうのでした。そしてひとしきり涙を流したあと目を明けると、誰しも七色の光がみえたような気がしました。
お話は大変な評判となり、作家は素敵なお話を書けた想い出に、町に住み続けたくなりました。町のみんなも、そんなお話をつくってくれた作家の先生に、是非一緒に住んで欲しいと願ったので、作家は一軒のちいさな家を建てて、ちいさな町の住人になりました。また、作家はお話のヒントを与えてくれた音楽家にも大変感謝し、「一緒に住みませんか?」と誘って、二人はちいさな町で一緒に住むようになりました。
お話にすっかり感激して、そんな町に住んでみたいと、多くの人々がやってきました。突然町に住む人が増えたので、ひとつの丘は家だらけになってしまいましたが、多くの人が住むようになった町には、たくさんのお店ができて、町はたいそうにぎわいました。駅前には立派な商店街もできて、宿屋の主人はホテルのオーナーと呼ばれるようになりました。
ある日ホテルのオーナーは、温泉のお湯を飲むと、とても身体の調子が良くなるという噂を耳にしまし た。ためしに飲んでみると、確かに身体が軽くなったような気がします。そこで料理長といろいろ工夫をして、食事の後に、温泉のお湯を煮立て、にぎわい草を 干して煎じたお茶を振舞うようになりました。そのお茶はとても香りの良いお茶で、ガラスの湯飲みで飲むと、飲むにつれてお茶の色が七色に変わるのでした。 お茶の評判は国中に拡がり、オーナーはいつしか、ホテルの横に“にぎわい茶”をつくる工場をもつようになりました。
お茶はどんどん売れたので、たくさんの花が摘まれるようになりました。しかし町に新しく住む人のために、丘にはどんどん新しい家がたちましたので、ホテルのオーナーは、花を手に入れるのに全く苦労をしませんでした。
ただ、最初にこの町に感激した学者だけは、町の将来をとても心配しておりました。「このままでは、この町にはにぎわい草がすっかりなくなってしまいます」と学者は音楽家と作家の家に来て、苦情をいいました。実はこのころ音楽家も心の底では、「最近ずいぶん人が多くなって騒がしくなってきたな。演奏会を開いても、最初の頃ほど私の曲が、ぴったりとした町ではなくなってきたようだ」と思っていましたので、学者の話を聞いて「それは大変!」と思ったのでしたが、友達の作家が「どうか私の作品を気に入って、町に住みはじめた人を追い出すようなことはしないでください」と、学者に泣いて頼みましたので、そんな自分の気持ちは隠して、黙っていたのでした。町にはいくらか、学者の心配ごとについて真剣に耳を傾ける人もいましたが、町に住みはじめたばかりの多くの人たちは、彼の話をあまりまじめに聞こうとはしませんでした。まだ花の丘はひとつ残っていましたし、そんな話にとりあうことで、自分が町から出て行くことになるのは嫌だったからです。学者は怒って町から出て行き、二度とその町に来ることはありませんでした。
ある冬の日、隣の国に住んでいた映画監督が、作家の書いたお話を読みました。一度読んだだけで、お話をとても気に入り、素敵なお話が生まれた町を是非見てみたいと、大急ぎで舟にのって町にやってきました。監督はひとめでその町が気に入り、町でそのお話の映画をとることにしました。映画の出来は素晴らしく、誰もが最初にそのお話を読んだときの感激を思い出し、七色の光をまぶたの裏にみるような気がしました。
映画は大変な評判となり、映画の評判とともに、監督も大変有名になりました。監督はそんな作品を与えてくれた町にとても感謝して、町にひとつの映画館をプレゼントしました。とても素敵な映画館だったので、多くの人がそこで一緒に、世界中の良い映画を楽しむことができるようになりました。また一年に一度の、映画館が出来た日には、監督からの素敵な贈り物に感謝して、町ではにぎわい町映画祭が開かれるようになりました。町はさらに多くの人で溢れ、にぎわいました。そしてもっとたくさんの人が住むようになって、もうひとつの丘にも、どんどん家がたっていきました。
ある日、ホテルのオーナーは工場からの電話でおこされました。「大変です。花がすっかりなくなってしまいました。明日からにぎわい茶を出すことができません」と工場長はいいました。それは大変困ったことと、オーナーはとても頭を悩ませましたが、なくなってしまったものはしかたがありません。幸いにぎわいの里でとれる水をのむだけでも、身体にとてもよいことがわかっていましたので、オーナーはにぎわい茶工場をにぎわいの水工場に変えることにしました。いくつかの機械は棄てられましたが、お茶をつめる機械はそのまま使うことができました。
にぎわい草がすっかりなくなってしまったので、さすがに町にもこのことを悲しむ人が増えてきました。七色の花が咲き乱れる丘をみた感激を憶えている人も、まだこの町には少しだけ残っていましたから。人々は学者に電話をかけて、研究用に保存していた花の種を送ってもらうことにしました。ホールの前の庭には、ちいさな花壇がつくられて、にぎわい草は大切に育てられるようになりました。また町に住む人はますます増えて、丘の低いところには、高いマンションがたつようになりました。町の名士であるホテルのオーナーは、いつしか町長さんと呼ばれるようになっていました。映画館の向かいには立派なにぎわい町役場ができて、映画祭の日には広場で、町長は世界中から集まった人にあいさつをするのでした。世界中から集まった人をもてなすために、ホテルはますます大きく立派になりました。2代目のホテルのオーナーは、もちろん町長の息子さんが継ぐことになりました。
ある春の日、2代目のオーナーは工場からの電話でおこされました。「大変です。にぎわいの水が涸れてしまいました。明日から工場を動かすことができません」と工場長はいいました。それは大変困ったことと、2代目は大変頭を悩ませましたが、なくなってしまったものはしかたがありません。七色の湯で評判の温泉も、同時にでなくなってしまったので、ホテルにとっては大問題。でもちょうど工場は温泉の裏だったので、2代目は工場を壊して、お風呂を大きくすることにしました。世界中から集まるお客さまをもてなすために、お風呂は少し狭くなってきていましたから。お風呂の横には、スポーツジムもできました。
ただ、にぎわいの水がでなくなったことで、町の人は前ほどゆったりとした気持ちになれることが、確かに少なくなりました。音楽家もそんなひとりでした。「もうすっかりこの町は僕の曲にぴったりとしていない!」ある朝音楽家は思い立ち、こんな町をみているのはつらいので、町をでようと決心しました。「あの時学者のいうことを、もっと真剣に聞いていたらよかったのに」と音楽家は大変後悔しましたが、水がでなくなってしまった今となっては、もうどうしようもありません。作家は町をでようとする友人を熱心にひきとめましたが、決心の堅い音楽家の気持ちを変えることはできませんでした。ホールの前のにぎわい草も、七色に光ることはすっかりなくなり、いつしか花壇は壊されて、かわりに時計台がつくられました。
作家は大切な友人が家をでてしまったので、とても深く悲しみました。自分の書いた物語を気に入って、町に来た多くの人たちが身近にいることよりも、たった一人の友達と毎日あいさつができなくなってしまったことをとても切なく思ったからです。作家はある映画祭の日、監督にそんな悩みを打ち明けました。「私は哀しくて、哀しくてしかたありません」。もちろん監督にもそんな作家の気持ちはとてもよくわかりましたが、どんななぐさめの言葉も、彼を元気づけることはできませんでした。
「町は変わっていくものだよ。人生もね。でもそれは僕たちにはどうしようもないことさ。だから僕たちはそんなかけがえのないひとときを、言葉や映画に焼きつけて、残すことしかできないのかもしれないね」と彼は作家にいって、やさしく肩を抱いたのでした。
ある朝、作家は自分の部屋で、ひとり冷たくなっていました。大切な友達を失った哀しさが彼の身体をすっかりいためつけてしまったのです。町では大きなお葬式がとりおこなわれました。はじめて町をあげておこなわれたお葬式は3日3晩続き、多くの人が町の大切な人を失ったことを嘆きました。作家のお墓はホールの前。時計台の横につくられました。町長さんはそんな彼のお墓の前で「彼は私たちの町にとって、かけがえのない人でした。彼の作品は人をひきつけ、多くの人が感動しました。にぎわい草はなくなってしまいましたが、彼が残してくれた町のにぎわいを私たちは町の宝とし、今後も大切にしていきたいと思います」とあいさつをしました。
今。町には多くの人が住んでいます。ちいさなまちはいつしか大きなまちになっていました。今ではなぜそのまちをにぎわい町と呼ぶのかの、本当の意味を知る人もすっかり少なくなってしまいましたが、大雨が降った次の朝には、ふたつの丘を架け渡すように、今でもとてもきれいな虹がかかります。ちょうど昔は町の境だった、ふたつの丘をつつみこむように。いつまでも消えない虹が空に光っていました。
by kenzo_stsk
| 2012-03-24 00:12
| ・「路字」

